アドルフの画集

2015.07.01

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アドルフ・ヒトラーの映画は何作も観てきましたが、
殆どがアウシュビッツにまつわるヒトラーの非人道的なユダヤ人排除の史実。

独裁政権の恐怖政治に焦点が当てられたものが多い中、ヒトラーの青年時代を辿った作品に出会いました。

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結局、それもあの悲惨な暗黒の時代に繋がっていくことを観る者に暗示しているのですが・・・。

 

ヒトラーが、かつて青年時代に画家を目指していたことは、ちょっと意外でした。

これまでの余りにも強烈なヒトラーのイメージから、どうしても画家は浮かんでこない。

 

でもその写実的な絵から、その根底に独裁者になっていく、彼の内側を垣間見るのは私の主観なのでしょうか。

 

ちなみに彼の絵はその手法が古すぎるという理由から余り売れなかった。

ヒトラーが政権を取ったとき抽象的な絵画を徹底して排除したのは、そうした根底があったからでしょうか?

 

彼は1908年~1914年の間だけで、約2000枚もの絵を描いていたそうです。

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この間のヒトラーは浮浪者生活をしていたと語られていますが、事実は裕福な暮らしであったとか。

 

彼自身はこの時期のことを後も多く語らなかったそうです。

史実ではこの時期、芸術家から政治家へと大きく舵を切って行った重要な時期でもあったと言われています。

 

では一体この6年間、ヒトラーは何をしていたのか。

イギリスの歴史家トレーバー・ブンズクロフトは、この間のヒトラーは呪師の修業を積んでいたと述べています。

 

ウィーンの街で神秘主義の書物を扱う古書店の店主エレンスト・ブレッシュと知り合います。
彼もまた神秘主義者であり、その研究も積んでいた人物であったと。

 

彼はヒトラーの資質を見抜き、目的を果たす集中力、思考を操る想像力、感情的なコントロールなどの修業を経て、秘蔵していたマヤの麻薬を使ってヒトラーを神秘の領域に導いたらしい。

 

またヒトラーは、この時期の公立図書館での読書傾向は、ヨガ、神秘主義、催眠術、占星術をはじめ、聖書は読破していたと言う、研究も明らかになっているそうです。

 

果たしてこれらが、ヒトラーがあの計り知れない行動に突き進んで行った事の根底にあるのか否か・・・。

 

ヒトラーの欲望はいったい何だったのだろう?

本当にユダヤ人撲滅だったのかという疑問が浮かびます。

 

だって当時売れない彼の絵を買ってくれていたのは、他でもないユダヤ人の画商達だったからです。

 

いわばユダヤ人は、ヒトラーにとっては感謝こそすれ敵対する相手ではなかったはずだから。

そのユダヤ人に対して、なぜあのような残虐な行為が出来たのか・・・。

 

ヒトラーが若き日に、たった一人だけ心を許しあった親友のアウグスト・クビツェクは後にこう語っています。

「アドルフは自己演出に特別な感覚を持っていました。弁舌の才と併せると彼は疑いなく俳優の才能がありました。彼もそれを心得ていました。歴史に、もしもはないけれど、でもヒトラーが画家の道を選んでいたらと思うのは私だけではないと思う。」

 

歴史にも人の人生にも決して「if」はないけれど。

ヒトラーと言うひとりの人間の人生の選択によって、想像を逸する消すことの出来ない残虐な歴史の事実。

 

画家を目指していたヒトラーが、何故あのような道を突き進んでしまったのか、いまだ深い謎を残しています。

 

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