言葉はいのち

2014.03.26

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「政治家が雄弁術を競わなくなって久しい。演説不在は貧しい政治に直結していく。
いまがそうした危機をはらんでいる。」

東 照二氏著の「選挙演説の言語学」に寄せた、政治ジャーナリスト岩見隆夫氏の言葉です。

 

選挙に長年関わってきた私にとって、この言葉は全く同感です!
私も、政治が貧弱になったとずっと感じてきたひとりです。
そうか、ここに根源があったのかも知れませんね!

 

時に政治に携わっている人なんかは「時代が変わったからだ」と宣われる。
そのたびに、55年体制下の真っただ中にいた私は「ウーム、それだけではないけどなぁ・・・」
と思っておりましたが。
この言葉に出会って「そうなんだ!」と声に出してしまいました。

 

演説の出来ない政治家は、政治家失格と思っています。
政治家にとって、言葉=スピーチは、まさに”いのち”です。

 

特に選挙においては、闘いの武器なんですよね。
私の恩師は、政治家の言葉、演説の重さをいつも語ってくれました。
『言葉はいのち』を日常茶飯事に触れていました。

政治家は、決して時代のせいにしてはならないと。
自らの信条と情熱において、言葉を発していくものと思います。

 

いま、どれだけの政治家が、自らの言葉に”いのち”をかけているでしょうか?
もしも、心の片隅に、国民は自分達の生活に追われて、
「政治家の言葉になんか耳を傾けやしないだろう」と思っている政治家がいるとしたら、
すでにその椅子は壊れかけている事でしょう。

 

国民を侮ってはならないと、思います。
政治家の一挙手一投足を、しっかりと見ているのですから。
いま政治家は、言葉を取り戻す時だと思います。

 

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